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長野久義 読売ジャイアンツ

長野久義(ちょうの ひさよし) 読売ジャイアンツ 背番号7
外野手です。

ナガノと読まない所が珍しいです。
それよりも
何度も他球団の誘いを断り、紆余曲折があってジャイアンツへ入団したという経緯
自身にとってプレッシャーもあったでしょうが
1年目は新人王
2年目で首位打者を取って、その実力を示しました。



俊足強肩の広い守備範囲も併せ持ちます。

では 長野久義 選手のプロフィールを見ていきましょう。
生年月日 は1984年12月6日生まれ。
出身地は佐賀県三養基郡 と 九州男児です。

身長が180㎝ 体重 80㎏ とがっちりした体格ですね。

出身高校は筑陽学園高校 
出身大学が日本大学
そして
最終的に 社会人Honda硬式野球部

高校では、九州でベスト4が最高の結果で、甲子園出場はできていません。
しかしこの時点で、プロから声がかかっていたようです。
何か光るものを持っていたんですね。



注目を集めるようになったのは、日本大学の4年生のとき
2期連続で首位打者 さらには 強肩 俊足
ベストナイン選出 日本代表 と来ればプロは放っておきません。

2006年のドラフトで北海道日本ハムファイターズから4巡目の指名を拒否
社会人のホンダへ

ホンダでも都市対抗野球で活躍
2008年のドラフトでのジャイアンツからの指名を待つ形に。。
しかし、2008年は千葉ロッテが、強行指名⇒入団拒否
ホンダでさらに一年プレーして
2009年に晴れてジャイアンツがドラフト1位指名

でも忘れていけないのは、何度も入団を拒否していますが、きちんと活躍を実際に続けてきたこと。2009年は第80回都市対抗野球大会で打率.579ときちんとドラフト1位に相応しい成績です。

契約金1億円、出来高払い5,000万円、年俸1,500万円

プロ入りしてからの活躍は、言うまでもありません
ルーキーイヤーの2010年は 開幕一軍 
規定打席に到達、打率.288、19本塁打で、新人王。
ジャイアンツから3年連続の新人王排出

2年目は、さらに飛躍の年となり 首位打者 打率.317
ベストナイン ゴールデングラブと素晴らしいもの。

プライベートはどうでしょうか。
なかなかのイケメン 社会人時代もあるから彼女と書いても不思議ではないですね。
年齢もプロ入りが若干遅目ですから 結婚してもいいくらい。

長野選手 プロ生活でのスタートが素晴らしいだけに、これからこのレベルをどう保っていくか、より進化した姿を見せてくれることを期待したいですね。
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テーマ : プロ野球
ジャンル : スポーツ

杉内 俊哉 読売巨人

2012年 ジャイアンツへ移籍
背番号18 エースナンバーです。
プレッシャーは相当大きいでしょうね。

杉内 俊哉(すぎうち としや)は、福岡ソフトバンクホークスの投手です。
背番号は47番です。
(憧れの工藤公康<現 横浜ベイスターズ>がつけていた番号です。)
左投左打です。

福岡ソフトバンクホークスのエースというべき存在です。
いわゆる松坂世代の選手になります。
日本最高の投手と言われるダルビッシュを上回るパリーグの奪三振王でもあります。

生年月日は1980年10月30日生まれになります。
出身地は福岡県大野城市で九州にて生まれ育ちました。
身長175cmで 体重が81kgですから、プロ野球選手としてはどちらかというと小さい方に入りますね。


↑プロ選手が認める美しいフォームの画像です。


出身校は、鹿児島実業高等学校で甲子園を3度経験しています。
もちろんエースとして、八戸工大一高校に対してノーヒットノーランを達成するなど活躍もしました。
ドラフトの候補にも挙がっていましたが、球速自体があまり早くないからか上位での指名がないとわかると社会人への道を選択しました。
このあたり杉内 俊哉 選手の性格がよく出ているところですね。

三菱重工長崎に就職して社会人野球で体を鍛え上げます。
球速も150kmに迫るまでになり、都市対抗野球大会出場にも貢献します。
シドニーオリンピックの日本代表に選ばれるまでになりました。

こうなれば当然プロも杉内 俊哉を放置しておくわけはありません。
2001年のドラフトで当時の福岡ダイエーホークスに3位指名されます。

プロ入り一年目の2002年から一軍での登板機会があり初勝利も記録しています。
制球力に問題がありなかなか勝利に結びつきませんでしたが、2年物シーズンからフォーム改造がきいて投手の主軸としての活躍を見せます。


↑杉内モデルのグローブです。

がなぜか、活躍するのは1年おきというのも、杉内投手に実力からすると不思議でしたが、2007年と2008年と二年連続二ケタ勝利を挙げ、克服しつつあるところでしょうか。

杉内 俊哉 投手の印象的なエピソードといえば、ノックアウトされたときに自分に腹を立てベンチ殴打事件で手を骨折してしまいます。
それだけの責任感と強い意志を持ってやっているということを表しますが、球団からは罰金を科せられています。

杉内 俊哉の持ち球(球種)は、ストレート、カーブ、スラーブ、スライダー、サークルチェンジ、チェンジアップ等を投げ分けます。

投球で心がけているのは、ふにゃふにゃ だそうです。
どういうことかというと、投げる瞬間だけにピュッと力を掛けて投げることを意識しています。
それまでの緩い感じの流れから、切れの良い球が繰り出されるのでバッターから見るとかなりタイミングが取り辛く三振の山となります。

プライベートでは、家族思いで有名です。
彼女ではなく奥さんはTV番組”とべとべホークス”でレポーターをつとめていた 上葉えりか さんと結婚、子供は長男 咲哉くんがいます。

日本球界のドクターKは、これからいくつの三振を積み重ねていくのでしょうか。

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松本 哲也 読売ジャイアンツ(巨人)

松本 哲也(まつもと てつや)は、読売ジャイアンツの外野手です。
背番号は64番です。
育成選手から這い上がってきたジャイアンツたたき上げですね。
巨人のなかで、育成選手から支配下選手登録された初めての選手でもあります。
原監督に見いだされ、レギュラーをも掴もうとしています。
一時は資金力にものを言わせた、大型補強の選手ばかりだった読売ジャイアンツも少しづつ変わりつつあるということでしょうか。

それでは、松本 哲也 選手のプロフィールを見ていきましょう。
生年月日は1984年7月3日生まれ。
身長170cm 体重66kgと、プロ野球選手としてはかなり小柄です。
出身地は山梨県山梨市です。
出身高校は山梨学院大学附属高校で、1年生のときの夏に 甲子園出場をしています。
そこから専修大学へ進学、東都大学でも2部リーグということでなかなか目立つようなことはありませんでした。


松本 哲也 選手が4年生の時に、一部リーグ復帰の原動力となりました。
2006年のドラフトで育成選手の3巡目で指名を受けます。
このときの背番後は”105”。
2007年のキャンプで、練習試合などの活躍が認められて、2007年2月25日にちに晴れて支配下選手登録へ。
原監督に走攻守において存在感がり収穫だった と言わしめるほどでした
背番号が47となりました。
チャンスを確実にものにするということで、何か持っているのでしょうね。
しかし、2007年シーズンに入ってからは、2軍でのある程度の活躍はあったものの、一軍での出番はありませんでした。
2008年シーズンも、一軍出場は果たすもスタメン出場した試合で故障をしてしまいました。
右くるぶしをはく離骨折ということでシーズンを棒に振ってしまいました。

キャンプでの頑張りが、原監督に認められ。。
2009年シーズンは坂本 1番、松本 2番とチームを引っ張っています。
レギュラーを手中に収めつつあります。



松本 哲也のプレースタイルは、まずベースとしては俊足・堅守があります。
それに加えて独特のバッティング(バッティングフォーム)。
構えた時に、両手の間を大きく開けて構えます。
大洋ホエールズで活躍した近藤和彦の天秤打法と同じといわれていますが、本人いわくバッティングのとき力まないようにするためとのこと。
身長が低く的として小さいだけでなく、バッターボックスの前の方に立つので、ピッチャーからすればかなり投げにくく、ファーボールを多く取れるのも特徴です。

松本 哲也のプライベートはどうなのでしょうか。
彼女とかはいるのでしょうか。
プロ入りしてから、だぶん這い上がるために野球一本でやってきていますから、これからでしょうね。

松本 哲也 選手 プロ野球選手として一流になれるかどうか。
勝負の時は続きます。

すべてに優れているドラフト指名選手にはない光ったものを持つ育成枠出身選手が活躍していく場面はこれからも増えていくかもしれません。

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小笠原 道大 読売ジャイアンツ

小笠原 道大(おがさわら みちひろ)は読売ジャイアンツの内野手です。
どんな状態であれいつもフルスイング見ていてとても気持ちがいいですね。
それで一見豪快に見えたとしても高い打率を残すところが凄いです。
背番号は2番をつけています。

愛称は”ガッツ”といわれることが多いですね。
ミスターフルスイングともいわれますが、小笠原のプレースタイルを端的に表しています。

いまでこそ一塁手(ファースト)または三塁手(サード)ですが、プロへ入ったころはセンター以外はどこでも守れるというある意味 野球センスの塊 とも言えるのでしょうね。
日本ハム時代には捕手としても実際に試合に出ているというのは、本当に珍しいことです。

小笠原 道大のプロフィールを見ていきましょう。
生年月日は1973年10月25日生まれで、千葉県千葉市美浜区の出身です。
出身校は暁星国際高等学校(暁星高校)ですが、甲子園への出場などはなかったようです。意外なことですが、高校通算本塁打(ホームラン)は0本ということで今の姿からは全く想像できません。


↑小笠原の豪快なバッティングフォームです。

そこから 小笠原 道大は社会人野球の道を選びNTT関東へ入社、活躍はそれなりにあったようですがチャンスをつかんだのは都市対抗野球で新日鐵君津の補強選手として選ばれたこと。
ここでベスト8へ進む原動力となり注目を集めました。
いまのソフトバンクホークスの松中信彦とクリーンアップをつとめています。

小笠原 道大が1996年のドラフトで日本ハム ファイターズから3位指名を受けました。
入団してからの2年間は、レギュラーではなく出番も少なかったですが、3年目の1999年からは一塁手のレギュラーを獲得、2番打者として活躍して、最強の2番打者と呼ばれるようになりました。


↑小笠原モデルのグローブです

それからの、小笠原 道大の日本ハムでの活躍は目覚ましく 首位打者:2回(2002年・2003年) 最多安打:2回(2000年・2001年)など完全に球界を代表する打者へと成長しました。

2006年にFA権を獲得して、2007年シーズンは読売ジャイアンツ(巨人)へ移籍しました。
2006年パリーグのMVP、2007年セリーグのMVPと両リーグでMVPを取っていますが、これは江夏豊以来の快挙ということです。

小笠原 道大選手はすでに結婚しているのですが、かなりの恐妻家であるといわれています。日本ハムが本拠地を東京から北海道へ移す際も単身赴任であったとのこと。
(いろいろな事情があるのでしょうが)
そんな状況も、FAで巨人を選んだ理由なのかもしれませんね。

これからもどんどん豪快なフルスウィングを見せてほしいです。

村田 修一 横浜ベイスターズ

村田 修一(むらた しゅういち)は横浜ベイスターズの内野手です。

2012シーズンは フリーエージェントで、読売ジャイアンツへ移籍。
背番号は25
開幕からレギュラーとして出場していますが、出足はそのプレッシャーからか不振となっています。


セカンドを守っていたこともありますが、サードが定位置になっています。
背番号は25番です。

日本を代表する長距離ヒッターとして良く知られていますね。
豪快なバッティングフォームも様になります。
全日本でも4番を務めることもあります。
「男・村田」という愛称?自称?ともいわれます。


↑村田の画像です。バッティングフォームは画像をクリックすれば拡大します。

そんな村田 修一 選手のプロフィールは、生年月日が1980年12月28日の誕生日で、身長が177cm、体重が87kgと長距離砲としてはそんなにすごく恵まれた体格をしているわけではありませんね。
出身地が 福岡県糟屋郡篠栗町で、出身校は高校が東福岡高校で大学が日大(日本大学)になります。

東福岡高校では、投手として甲子園出場を春夏連続で果たしています。
当時の横浜高校の松坂大輔と投げあったこともあります。
高校通算で30本塁打を放っており、長打力はその頃から見せていました。
高校時代の活躍はありましたが、このときにはドラフトにかかることは無く大学へ進学。

日本大学へ入ってからは打者へ転向しました。
東都大学リーグで多くのホームランを放ち一躍プロのスカウトの注目を集めるようになりました。

2002年のドラフト会議で自由獲得枠で入団。
契約金が1億円+出来高5000万円 年棒1500万円で横浜ベイスターズへ入団することになりました。

プロへ入ってからの村田は1年目2003年シーズンから活躍を見せます。
三塁のレギュラーに定着し、ホームランも25本打ちという活躍ですが、荒削りな面も目だって打率はかなり低い状態でした。

打撃が不振になることも何度かありましたが、スタメンやレギュラーのピンチになると起死回生のホームランなどの長打力を発揮してきました。
プロでの経験を重ねる内に打率も徐々に上がってきてきて、3割を超える打率も残せるようになりコンスタントに打てるようにもなっています。

男 村田 修一はなんと言ってもやはりすごいのは長打力で、2007年 2008年と連続でセリーグのホームランキングを取っています。
これは、日本人としては落合博満 以来の快挙です。

村田 修一は、結婚していてプロ入りして2年目のことです。
大学時代からの彼女なのでしょうか。
子供も息子さんがいます。

日本を代表する長距離ヒッターは、確実性も上げてきました近い将来3冠王となるときも来るかもしれません。

テーマ : プロ野球
ジャンル : スポーツ

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