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鳥谷敬 阪神タイガース

鳥谷敬(とりたに たかし) 阪神タイガースの内野手です。
背番号1番

阪神の内野の要 ショートを守り、打者としてもクリナップを担うまさに阪神の中心選手。
打撃も年々よくなってきていますし、相手にとって怖いバッターですね。
連続試合出場を継続中で、鉄人 と言われる日も近いかもしれません。

では、鳥谷敬のプロフィールから見て行きましょう。

出身は、何となく関西のイメージがありますが、東京の東村山市。
生年月日は1981年6月26日で、30代に入って来ました。

身長179cm
体重80kg と、プロ野球選手としては平均的なところでしょうか

出身高校は聖望学園高校 で、3年生の時に夏の甲子園に出場しています。
ショートが本業でしたが、場合によってはピッチャーとしても出ることがあったようです。
肩も強いんですね。

ただ、この時点では特に注目は集めず大学へ進学。
早稲田大学での活躍で、一躍プロの注目を集める存在に成長します。
6大学野球で 3冠王をとったり、ベストナインに5度選ばれるなど大活躍。

2003年ドラフトでは、自由枠で4球団の争いの末、阪神タイガースを選びました。
(ちなみに争った球団は、ジャイアンツ、ベイスターズ、ライオンズ)

2004年のプロ入り初シーズン
開幕スタメンショートで迎えます。
当時の阪神には藤本が活躍中で、正直実力的には微妙なところもありましたが、将来の阪神タイガースのことを考えてのことだったのでしょう。
1年目特に前半は、プロの壁にぶち当たりましたが、後半は成績も上がってきました。

その次の年以降は、完全に阪神タイガースのショートは鳥谷 となりました。
バッティングも下位打線から、中軸へとステップアップ
打率も順調?に伸ばしてきています。

特に統一球となった、2011年には、他の打者が軒並み数字を落とす中 3割を打ったのは非常に大きな価値があります。

守備はずっと安定していて、高い守備率を誇ります。
2011年の守備率は、遊撃手として史上最高を記録、もちろんゴールデングラブを取っています。

プライベートでは、2005年に高校時代の1歳上のマネージャーだった女性と結婚しています。純愛を貫いたというところでしょうか。
2006年には、長男が誕生しています。

が一度躓いています。
週刊誌に夜の3冠王と。。。結婚後ですから大変なこともあったのでは
球団からも注意をうけています。

今後は、野球で本当に3冠王取ってもらいたいですが、ホームラン王は若干厳しいか。
盗塁も増やしているのでトリプルスリー(3割 30本 30盗塁)狙うチャンスあるかも。
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テーマ : 阪神タイガース
ジャンル : スポーツ

岡田幸文 千葉ロッテマリーンズ

岡田 幸文(おかだ よしふみ) は 千葉ロッテマリーンズの外野手です。
背番号66 

とにかく、その守備範囲の広さが魅力 センターへ飛んだ打球はことごとく捕球されてしまうので それを称して エリア66 とまで呼ばれたりします。
もちろん足も早いです。




また育成出身 選手で、初めて全試合出場を果たし、育成の星でもあります。

今の華やかな活躍からは程遠い苦労人でもあります。
そんな 岡田 幸文 選手のプロフィールを見ていきましょう。

生年月日 は1984年7月6日です。
身長  177 cm
体重が 70 kg スリムで身軽な感じそのままですね。

出身地は、栃木県塩谷郡
出身高校が作新学院 と、江川卓 投手の出身校で最近 結構強いです。

甲子園出場はなりませんでしたが、日本大学へ進学しました。

ここからが、苦難の連続
まず肘を痛めて、大学はすぐに中退。

地元に戻り 全足利クラブに所属 ここで約5年間を過ごします。
この間にも怪我があったり

なのですが運命的な出会いも果たしています。
かなり有名になりましたが、奥さんになる 由美子さんとであいます。
足利市の公務員で、市営球場の管理をしていた女性です。

スポーツ選手には最適な?年上のシッカリした方という評判です。

夫 岡田 幸文 選手の育成枠でのプロ入りには反対だっといいます。
年俸 200万円では家族は暮らしていけませんから・・・
ずっと公務員を続けられているそうです。

話を戻して、2007年に足利ガスの嘱託社員となりましたが、2008年のドラフトで育成枠6位で千葉ロッテマリーンズから指名を受けました。

由美子さんを説得する 
自身もかなり悩んだようですが、2年でダメだったらすっぱり諦める
さらに、足利ガスは戻ってきた場合には正社員として雇用すると言う後押しでプロ入りを決意。

異例?の単身赴任でのプロ生活スタート。

こんな状態ですから、ハングリーさも並大抵ではなかったでしょうね。
こっからはまさに下克上
1年目にみごと支配下登録され、背番号が3桁の132から 二桁の66になりました。
本当のチャンスが巡ってきたのは2010年 主力選手の故障でついに一軍での活躍のチャンスが。。

ここで、守備と足で、見事にチャンスをつかみ取ります。

2011年は最初からレギュラーとして活躍、ゴールデングラブ賞にはもちろん誰も文句はありません。

2012年の契約更改で年俸は、3200万円 育成時代から見れば10倍を超える金額に。
でも未だに、単身赴任です。。

残された課題は、バッティングでしょう。
もう少し 打率 出塁率を上げていきたいところでしょう。
それを達成したら、まさに日本を代表する外野手となれるでしょう。

このような選手が出てくるというのは、育成ドラフトもなかなかいい制度なのかもしれないですね。

今日もまたセンターへ打ったばかりにヒットを1本損する選手が。。。

テーマ : プロ野球
ジャンル : スポーツ

山口 俊 横浜DeNA

山口 俊(やまぐち しゅん)横浜DeNAの投手です。
背番号 11番

横浜DeNAの守護神 クローザーです。
ストレートとフォーク ツボにハマれば、誰も打てない投手。
三振も取れる。
投手としてのクローザーの適正はあります。
ただ、まだ若干 不安定な部分が残っています。
悪い時にいかに仕事をを果たしていくことが出来るかが課題でしょうね。




では、山口 俊のプロフィールなどを見て行きましょう。
身長 187cm
体重 90kg
スラリと背が高く手足も長いですね。
大分県中津市の出身。

父親が元力士ということで、体が大きいのは何となく納得ですね。

生年月日は 1987年7月11日で年齢的にはまだまだ若いといっていいでしょう。

山口 俊の出身校は柳ヶ浦高校

高校時代から、素質は素晴らしく、2005年の選抜高等学校野球大会で球速は150km超を記録しています。
3年の時には肘を痛めましたが、それでも横浜ベイスターズの評価は下がること無く
2005年のドラフトで高校生1位指名しました。

プロ入り後は、高校生ということを考えると順調に力をつけてきていると言えるのではないかと思います。

プロ入り1年目の2006年から1軍での出場
初登板 初先発 それも巨人戦 で初勝利。
その可能性を大いに感じさせてくれましたが、その後は不安定な投球内容。

2008年からは中継ぎにまわり、セットアッパー クローザーとだんだんと重要な役割を任されるようになって行きました。

2010年からは完全にクローザーとして定着。
30セーブを挙げるなど素晴らしい成績。

これからは、日本を代表する投手として伸びて行って欲しいですね。

プライベートでは、彼女や車に関してネットで話題になったりしているみたいです。
が、そんな目立った報道などはないですね。

年棒は2012年 1億円に到達していて、当然この年令で考えれば大きな収入ですからね。
車とかが好きであれば、高級車に乗りそうですね。。

DeNA横浜 チーム自体の成績が厳しい状況が続いていますが、主力選手として、長く活躍して欲しいですね。

テーマ : プロ野球
ジャンル : スポーツ

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