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渡辺 俊介 千葉ロッテマーリーンズ

渡辺 俊介(わたなべしゅんすけ)は世界で唯一と言っていい投手ですね。
アンダースローという、下から投げる投げ方をします。
サブマリン投法ともいわれますね。
千葉ロッテマリーンズで背番号は31です。

なにが唯一かというと、アンダースローを超えるアンダースローとでも言えばいいのでしょうか。
アンダースローは下から投げるので、球の出所はかなり低くなりますが、この高さが渡辺 俊介の場合は究極的に低いのです。
地面から約5cmという高さでボールを放すので、打者が打つポイントよりも低い位置になるのです。
マウンドに手を擦ってしまうなんて言うアクシデントが起こることもあるということでいかに低いかということがわかります。


↑画像をクリック

渡辺 俊介の生年月日は1976年8月27日です。
身長が177cm 体重が 70kgですから少し細見の印象は受けますね。


渡辺 俊介がこのアンダースローになったのは何と中学生の時から。
まさに筋金入りの下手投げ投手なんですね。
下手投げになった理由が、レギュラーになれない息子を見かねて進めたものがここまでつながってきているんですね。
渡辺の投手としての野球人生は、常に2番手3番手でありエースとなったことはありません。

出身校は、高校が國學院栃木高等学校(国学院栃木高校)でも2番手、このときは小関竜也(現横浜ベイスターズ)がエースで4番で西武に入団しています。

國學院大學(国学院大学)でも大きな注目は浴びずドラフト指名はありませんでした。
1999年に社会人野球の新日鐵君津に入社しました。
2000年になり、ここでついにチャンスが巡ってきました、都市対抗野球大会でエースが故障して出番が回ってきました。
三菱重工広島、西濃運輸を破り4強入りに貢献して優秀選手賞を獲得。
さらにはその年の夏の、シドニーオリンピックにおいても野球日本代表に選ばれました。

2000年のドラフトで千葉ロッテマーリンズが4位指名してプロ入りを果たします。

プロ入りしてから最初は速球にこだわりを持ち過ぎたため、うまく行きませんでしたが、考え方を変えて緩急で勝負するようになって安定した投球になり先発投手として安定した成績を残すようになりました。

メディア関係でいうと、雑誌週刊ベースボールにて、コラム「KEEP ON MY PACE」を執筆していたこともあります。
雑誌なので画像や映像ではありませんが、写真とかは多かったでしょうね。

アンダースローなのでプロでも技術的なアドバイスできる人は少ないでしょうね。
ボールの軌道が他の投手とは全く違うのに、甘い球は打ってしまうプロの打者のすごさも同時に感じます。
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