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岩瀬 仁紀 中日ドラゴンズ

岩瀬 仁紀(いわせ ひとき)は中日の絶対的守護神です。
最後に出てきて試合を勝利へ導くクローザー(抑え投手)という役割を担う
投手です。守護神なんて言い方もしますね。
左投げ左打ちです。
背番号は13番をつけています。


↑クリックすると拡大してみることができます。

岩瀬の実績に関しては言うまでもないですが、2008年のオリンピック。
星野監督率いる全日本チームのメンバーとして北京オリンピック出場を果たしています。
金以外はいらない と宣言して・・・
とくに調子が悪かったのが岩瀬でした、岩瀬の成績は考えられないもので、登板しては打たれる状態で負け投手になることがいくつもありましたね。
戦犯とまで呼ばれるほど悪かったですね。
画像や映像はその関係のものが多いかも、あと写真もかな。

岩瀬の出身は愛知県の西尾市です。
まっ茶生産量日本一なのです
出身校は高校が愛知県立西尾東高等学校でノーヒットノーランをするなど少し目立つ活躍もあったみたいですが愛知大学へ進学しました。
大学時代においては岩瀬 仁紀は投手と外野手をしていました。
実はバッティングもすごくて通産124安打と、愛知大学リーグの記録です。
岩瀬はバッティングもいいんでですね。
NTT東海を経て1998年 ドラフト2位で中日ドラゴンズに指名されました。

1999年入団一年目からフル回転。
このときは中継ぎ投手(セットアッパー)として、クローザーへバトンタッチする役割を見事にこなしました。
それ以降、登板試合数は9年連続して50試合を超える鉄人(鉄腕)ぶりです。
そのいずれもが立派と言える数字を残してきているので、この安定感は怪物としか言いようがありません。

2004年落合監督になってから最後に登板するクロザーに指名されました。
2005年には46セーブを挙げ、横浜ベイスターズ・佐々木主浩のシーズン最多セーブ記録を更新して新たな日本記録を樹立しました。
さらには次の年も40セーブを超えて2年連続も日本球界初めての記録です。

岩瀬 仁紀の年棒も実績を積むに従って上がっていき、日本人投手としては球界で最高レベルの4億3千万円となっています。
岩瀬はこれだけの年棒を貰って独身です。結婚してもいい年齢なのですがまだですね。
あまりプライベートの話は聞こえてこないです。

同じチームの投手 川上憲伸と大の仲良し。

ピッチングは持ち球が基本的にストレートとスライダー。
特にスライダーのキレは素晴らしく、一番の武器です。

9年にわたる疲労の蓄積なのか、球速は落ちてきておりかつての球の勢いで勝負するのではなくコントロールで勝負するスタイルに変わりつつあります。
バッター打ち取りセーブをする場面で苦労している姿が見られます。
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