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山口 鉄也 読売ジャイアンツ(巨人)

山口 鉄也(やまぐち てつや)は読売ジャイアンツ(巨人)の投手です。
背番号は47番ですが、これはジャイアンツでは工藤公康(現 横浜ベイスターズ)がつけていたものなのでかなり期待が大きいです。

プロフィールは生年月日が1983年11月11日生まれで、 身長183cm 体重74kg です。
出身地は神奈川県横浜市です。
左投げ左打ち。
出身校は、横浜商業高校で3年生のときにエースでしたが甲子園へ出た経験はありません。
ただそれよりも前、横浜市立菅田中学校の3年生のとき菅東ドラゴンズ(少年野球チーム)で全国大会ベスト4という実績を残しています。


↑ジャイアンツの若手の特集。当然 山口 鉄也もはいっています。
クリックすると拡大します。

高校卒業後は進学予定であったのを、アリゾナ・ダイヤモンドバックスからの誘いを受けてマイナー契約を結び渡米しました。
このとき少し話題になりましたので画像や写真が残っているはずですね。

ドラフトに漏れた選手をメジャーが狙っているんですね。

ダイヤモンドバックスの下のミズーラ・オスプレイ(ルーキーリーグ)で4年間野球をして帰国。残念ながらメジャーへというわけにはいきませんでした。

2005年に山口 鉄也は、読売ジャイアンツの入団テストを受け見事合格。
その年の育成選手ドラフトで巨人から1位指名されて入団しました。
このときの背番号は102番。
2006年は育成選手なのでイースタン・リーグでしかプレーできませんでしたが、成績は見事なもので25試合に登板、防御率1.61の好成績です。

2007年も登録選手枠の関係から、最初は育成選手でしたが、シーズンに入ってすぐに99番の背番号に変わり、晴れて支配下選手登録をされました。
すぐに一軍出場の機会がめぐってきて、阪神戦で登板、ジャイアンツが逆転して、いきなり勝利投手となりました。
これが育成選手が始めて勝利投手になった瞬間でした。

そのあとは、貴重な左の中継ぎやワンポイントとして大活躍しました。

2008年も同じように左の中継ぎとして60試合を越える試合に登板して、中継ぎとして2桁である10勝を達成(11勝しています)という快挙を成し遂げています。


↑サインボール

山口 鉄也の持ち球は、特徴としてリーチの長い腕から放たれる、140km/h台中盤から後半に届くストレート。特に左打者には厄介な球でクロスファイヤーと呼ばれるものですね。
変化球はスライダーを中心に、カーブ、シンカーなどを投げ分けます。

背番号を遡ると、山口 鉄也の苦労した経歴がよくわかりますね。

まさにジャイアンツに無くてはならない戦力です。
と同時に育成選手の星ともいえるでしょう。
当然活躍に応じて山口 鉄也 投手の年棒も急上昇ですね
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