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工藤公康 横浜ベイスターズ

工藤公康(くどうきみやす)は横浜ベイスターズの投手です。
背番号は47番。
ハマのおじさん とも呼ばれています。
プロ野球選手として、現役選手としては勿論、歴代でもトップ3に入る高齢の選手です。
40代のなかばを超えてきています。
一軍での実動年数も27年となり最長記録を更新中です。
これまでに獲得したタイトルは多数ありますが最多勝だけは獲得していないのは不思議なことに思われます。


↑横浜の工藤投手の画像です。クリックすると拡大して見ることができます。
工藤投手の投球ふぁおむは完成されたもので、参考にするプロの選手も多いです。

工藤公康 投手のプロフィールを見ていきましょう。
生年月日は1963年5月5日生まれ。
出身地は愛知県豊明市になります。
身長は176cmで体重は80㎏で、そんなに体格的に恵まれているというわけではないですね。
左投げ左打ちです。
出身校は愛工大名電高(名古屋電気高等学校)で、甲子園で活躍してノーヒットノーランを達成するなど(金属バットになってから初めて)で、投手としてチームをベスト4まで導いています。

プロへは1981年のドラフト会議で西武ライオンズが6位指名。
その時点で工藤公康は社会人野球 熊谷組への就職を発表していましたが、西部の根元マジックといわれる強行指名でした。
本来はドラフト上位で指名されて当たり前でした。
そのかわり契約金、年棒はその時のドラフト1位よりも上だったといわれています。

1982年からプロでの生活がスタートしました。
入団した年から一軍での活躍をはじめ、西部ライオンズのエースとして黄金時代を支える投手となりました。


↑工藤公康が長く活躍できる秘密の一端がありそうです

そんな中、1994年にFA宣言をして当時の福岡ダイエーホークスへ移籍。
王監督の下でも主力投手として活躍、優勝、日本一に貢献。

さらにさらに1999年2回目のFA権行使で巨人へ移籍しました。
巨人でも工藤公康は、ローテーションを担うピッチャーとして活躍しチームを優勝に導いています。
まさに優勝請負人ともいえる感じですね
2004年には200勝を達成しています。

2006年以降は故障などでなかなか思うような活躍をできていませんが、オフシーズンに巨人がFAで獲得した横浜ベイスターズの門倉投手に人的保証選手として移籍しました。

2008年シーズンは肘を故障してほぼ一年を棒に振りました。

2009年シーズンは年棒も5000万円まで下がりましたが、現役投手としてプレーを続けます。

自分の体の手入れは怠らず人の何倍もの気をつけていることがきっとこの年齢まで現役投手を続けられている原動力になっています。
食事、トレーニング・・・
全くそんな年齢を感じさせない動きと球の勢いです
子沢山であることも有名ですね。
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