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金本 知憲 阪神タイガース

金本 知憲(かねもと ともあき)は阪神タイガースの外野手です。
背番号は6番です。
”アニキ”の愛称でファンに親しまれている鉄人です。
プロ野球界で40歳を越えてもフルイニング出場の記録を継続しています。
既に日本記録世界記録を塗り替えています。
代打でもOKな連続試合出場と違って本当にきちんとプレーできないと無理な記録です。
鉄人を越えてスーパー鉄人です。

金本 知憲のプロフィールを見て行きましょう。
生年月日は1968年4月3日生まれで、出身地は広島県広島市南区青崎になります。
身長が180cm 体重が88kgと、筋力トレーニングで鍛えた強靭な肉体です。
出身校は、高校が広陵高等学校 (広陵高校)で、全国に名が通った野球の名門校ですが、金本 知憲が在籍していたときは、ちょうど弱い時期に当たってしまったため甲子園の出場はありません。当然画像なんて無いに等しいでしょうね。
金本選手は、大学へ入るのも浪人を経験しています。
中央大学に野球の入学枠で受験しましたが不合格となってしまいます。
しかし、翌年には東北福祉大学に入りました。
これが、実はとても幸運でした。
金本 知憲が入った時は、無名だった東北福祉大学ちょうど全国に知られる活躍を始めたころで、佐々木主浩、大塚孝二など多くの後にプロ野球選手となる人たちとプレーしました。
金本 知憲にとって、東北福祉大の伊藤義博監督との出会いは非常に重要なものとなりました。
日米大学野球選手権大会日本代表に選ばれるほどの活躍で、1991年のドラフト会議で広島カープから4位指名を受けました。

プロへはいいてからも、2年間は目立った活躍ができませんでした。
今からは想像できませんがとても非力な選手として認識されてました。
そこからトレーニングを積み体を作り上げ1994年ころから本格的に一軍での活躍が始まるます。
江藤のFA移籍によって4番の席が空いたので、2000年からは不動の四番打者となりました。


↑金本モデルのグローブ(グラブ)です。

2002年にFA権を獲得、基本的には残留したかったようですが、広島カープの球団方針でFA権を行使して残留することは許さないということで、移籍を決意しました。
複数球団の獲得の意向を示しましたが、当時の阪神タイガースの監督 星野仙一に口説かれて阪神を選択しました。

金本 知憲は阪神タイガースにおいても4番を務め、打撃不振や怪我で出行が危ぶまれる時もありましたが、2006年に904試合連続フルイニング出場の世界新記録を樹立しています。
(それまでは米大リーグのリプケンが記録を持っていました。)

金本 知憲はプライベートをほとんど公開していません。
2001年に結婚しています。奥さんとかは全く表に出てこないですね。
あと両親は韓国人なのだそうです。
芸能人の友人としては、島田紳助さんと親交が深いです。
お酒も好きで集合で、好物は幻の芋焼酎「森伊蔵」で、ヘビースモーカーでもありアスリートのイメージからすると意外な一面も持っていますね。
そんなところも、金本 知憲 選手をより魅力的に見せているのかもしれません。

金本 知憲 40歳を超えてどこまでフルイニング出場記録を伸ばすことができるでしょうか。
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テーマ : プロ野球
ジャンル : スポーツ

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