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前田 智徳 広島東洋カープ

前田 智徳(まえだ とものり)外野手です。
天才打者と皆から言われますね。
本人は否定していますが、3冠王を3回とった落合博光などは前田 智徳の打撃を大絶賛しています。

前田 智徳の出身校は熊本県立熊本工業高等学校(熊本工業)ですのでいわゆる名門校ですね。
ここからプロになった選手も多いです。
この高校時代には3度甲子園の土を踏んでいます。
2年生で春・夏出場、3年生では夏の大会で前田は主将として出場しています。


↑プロ野球チップスターカード クリック

広島東洋カープに前田 智徳が入ることになったのは、1989年 ドラフト4位でドラフトにおいて指名を受けました。

2年目から、その持前のバッティングセンスで1軍で活躍するようになりました。
前田のそこからの野球人生は、怪我との戦いといっても過言ではありません。
特に持病というか弱いのが足のアキレス腱。
この故障にはかなり泣かされています。

身長175cm 体重 80kg でプロ野球選手としてはそんなに恵まれた体格という感じではありませんね。

中堅(センター)を守り、1991年から4年連続でゴールデングラブ賞を獲得した姿は今では想像するのが難しいほど。

満足な体の状態で戦えたのは、何シーズンあるのでしょうか。

前田 智徳の野球に対するひたむきな姿勢から”侍””求道者”とも呼ばれます。
天才がそこまでの努力をするのですから打てて当たり前ですね。

ただ前田本人は故障がちな自分のことを”ガラクタ”と形容することもあります。
本当は、広島東洋カープの4番をずっと勤めていてもおかしくないのですが、全試合出場が難しいことが分かっているので、頑として拒んできました。
全く4番を打ったことがないわけではないですが・・・

その間、金本(現阪神)や前田(現西武)は4番を打って、FAで移籍していきました。
FA権を持っているにもかかわらず全く行使せずに広島に残っているのも男気を感じますね。

広島のファンもわかっていて、いろいろなグッズが出ています。
・前田坊や球団マークのカープ坊や をもじったもの
・前田スラィリーはマスコットのスラィリーをもじったもの
なぜか
・星の前田さま という有名な童話 星の王子さま からきたもの

いかにファンに愛されているかがわかります。

前田 智徳の体が強ければ、どれだけの活躍をできたのか。
落合を超えていたかもしれません。

記録としては打撃タイトルは一つも取れていません。
2007年9月1日に 2000本安打は達成しています。
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