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杉内 俊哉 読売巨人

2012年 ジャイアンツへ移籍
背番号18 エースナンバーです。
プレッシャーは相当大きいでしょうね。

杉内 俊哉(すぎうち としや)は、福岡ソフトバンクホークスの投手です。
背番号は47番です。
(憧れの工藤公康<現 横浜ベイスターズ>がつけていた番号です。)
左投左打です。

福岡ソフトバンクホークスのエースというべき存在です。
いわゆる松坂世代の選手になります。
日本最高の投手と言われるダルビッシュを上回るパリーグの奪三振王でもあります。

生年月日は1980年10月30日生まれになります。
出身地は福岡県大野城市で九州にて生まれ育ちました。
身長175cmで 体重が81kgですから、プロ野球選手としてはどちらかというと小さい方に入りますね。


↑プロ選手が認める美しいフォームの画像です。


出身校は、鹿児島実業高等学校で甲子園を3度経験しています。
もちろんエースとして、八戸工大一高校に対してノーヒットノーランを達成するなど活躍もしました。
ドラフトの候補にも挙がっていましたが、球速自体があまり早くないからか上位での指名がないとわかると社会人への道を選択しました。
このあたり杉内 俊哉 選手の性格がよく出ているところですね。

三菱重工長崎に就職して社会人野球で体を鍛え上げます。
球速も150kmに迫るまでになり、都市対抗野球大会出場にも貢献します。
シドニーオリンピックの日本代表に選ばれるまでになりました。

こうなれば当然プロも杉内 俊哉を放置しておくわけはありません。
2001年のドラフトで当時の福岡ダイエーホークスに3位指名されます。

プロ入り一年目の2002年から一軍での登板機会があり初勝利も記録しています。
制球力に問題がありなかなか勝利に結びつきませんでしたが、2年物シーズンからフォーム改造がきいて投手の主軸としての活躍を見せます。


↑杉内モデルのグローブです。

がなぜか、活躍するのは1年おきというのも、杉内投手に実力からすると不思議でしたが、2007年と2008年と二年連続二ケタ勝利を挙げ、克服しつつあるところでしょうか。

杉内 俊哉 投手の印象的なエピソードといえば、ノックアウトされたときに自分に腹を立てベンチ殴打事件で手を骨折してしまいます。
それだけの責任感と強い意志を持ってやっているということを表しますが、球団からは罰金を科せられています。

杉内 俊哉の持ち球(球種)は、ストレート、カーブ、スラーブ、スライダー、サークルチェンジ、チェンジアップ等を投げ分けます。

投球で心がけているのは、ふにゃふにゃ だそうです。
どういうことかというと、投げる瞬間だけにピュッと力を掛けて投げることを意識しています。
それまでの緩い感じの流れから、切れの良い球が繰り出されるのでバッターから見るとかなりタイミングが取り辛く三振の山となります。

プライベートでは、家族思いで有名です。
彼女ではなく奥さんはTV番組”とべとべホークス”でレポーターをつとめていた 上葉えりか さんと結婚、子供は長男 咲哉くんがいます。

日本球界のドクターKは、これからいくつの三振を積み重ねていくのでしょうか。
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テーマ : プロ野球
ジャンル : スポーツ

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