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由規 東京ヤクルトスワローズ

佐藤 由規(さとう よしのり) 登録名は 由規(よしのり)です。
東京ヤクルトスワローズの投手。
背番号は11番です。

佐藤 由規のプロフィールです。
生年月日は1989年12月5日生まれです。
出身地は宮城県仙台市で身長179cm 体重 76kg となっています。

出身校は仙台育英高校です。
甲子園へは2年の夏から、3年の春夏と3回出場しています。
何といっても話題は、ストレートの球速です。
日米親善試合ですが157kmの高校生としての最速記録を作っています。
注目も集めたので、高校の時の画像や映像とか写真はたくさんありますね。


↑佐藤 由規の画像です。クリックすると拡大します。

佐藤 由規の球種(持ち球)は、一番の武器である直球、と変化球はスライダー、カット・ファスト・ボール、フォークボール、カーブ、チェンジアップとかなり多彩な球を持っています。
ストレートの速さばかりに話題が行っていましたが、スライダーの評価も高いものでした。

2007年の高校生ドラフトで楽天・ヤクルト・横浜・中日・巨人の5球団が1位指名しましたが、交渉権を獲得したのはヤクルトでした。

佐藤 由規の契約金は、契約金1億円+出来高5000万円 年棒が1500万円と完全に大学生社会人の扱いで即戦力としても期待されていました。

このときの記者会見では、由規が涙もろいことが発覚。
親の顔が目に入って号泣しました。
そのことから、泣き虫王子 とか 号泣(剛球)王子 なんて称号も付きました。


↑高校の時の由規のエピソードが載った本も出版されています。


2008年シーズンは、ルーキーシーズンですが、キャンプで左足を怪我して出遅れました。
一軍での記念すべき勝利は2度目の先発の巨人戦。
先発で6回を投げ、2安打3失点8奪三振の力投でした。

佐藤 由規の家族は野球一家で弟も仙台育英に入っておりもしかしたら兄弟でプロ野球選手ということもあり得るかもしれません。

畠山和洋 東京ヤクルトスワローズ

畠山和洋(はたけやま かずひろ)内野手いまやスワローズの4番言えば畠山となってきました。
12球団1安い4番打者として有名に。
ちなみに年棒は900万円といわれています。
背番号は33


↑プロ野球カードですクリックして確認を。

ヤクルトのシンデレラボーイ?と言うにはちょっと年が行き過ぎていますが。。
生年月日が1982年9月13日生まれなので26歳です。
プロ入りして8年目にして花が開いたという、どちらかというと遅咲きですね。
2000年のドラフト5位として畠山和洋はヤクルトスワローズに入団。

出身校は高校で専修大学北上高等学校です。
この時に何度も甲子園出場を果たしていて、チームはたくさん勝ち進むことはできませんでした。
1998年夏の甲子園の如水館高校との引き分け再試合になった死闘は有名ですね。

高校通算62本というホームランを記録、その長打力を買われてプロへの道を進みます。

畠山和洋 選手が守っている というより 守れるポジションは1塁(ファースト)と3塁(サード)の内野ですが守備はあまり得意ではないタイプ。
走塁も足は速くないので苦手です。

本来であれば東京ヤクルトスワローズの高田監督の目指す、足を使うスモールベースボールには向いていないのですが、ラミレスがチームから抜けるなどの幸運もあり4番に定着しています。

よく顔がいかつく、迫力があって威圧感があるというのも4番打者向きですね。

これらの活躍によって注目されていますので、映像や画像での露出も増えてきています。
さすがに写真集が出るとは思えませんが・・・

畠山和洋グッズは活躍が続けばこれから増えていくでしょう。

ちなみに、1年後にヤクルトから2巡目で指名を受ける梶本勇介は、高校の1年後輩である。

これからが楽しみな畠山和洋 東京ヤクルトスワローズの内野手ですが、助っ人外国人などと闘っていかなければいけない状況であるのは間違いないでしょう。

畠山かずひろ パチンコも大好きですが、さすがに顔が売れてきたの自粛中とか。。
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